おでかけの自由

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いま住んでいるのは完全な車社会の地域である。
電車の駅もバス停も遠い。

最初にここを見たときは、私には向いていない場所だと思った。
運転免許は持っているものの運転席には10年以上座っていないのだ。
しかし他の条件は良く、数年前から自宅勤務となっていたために、それでも良いかと越してきた。

生活必需品は自転車圏内で手に入るし趣味のものは通信販売を利用すれば良い。
多少不便だが慣れるだろうと考えていた。

それなのに、慣れていくはずだった気持ちが徐々に塞いでいくのを感じた。
ここに住んでからというもの、ふらりと外出するという選択肢が自分の中から消えていたのだ。
髪を切るにも映画を見るにも、外出するにはいちいち気合いと計画が必要になる。
自然、何かを思い立っても「今日は無理だな」と諦める癖がついていた。

騙し騙し生活をしていても閉塞感は募るばかりだ。
今年、とうとう車の運転を練習することにした。

ハンドルを持つのは卒業検定以来だろうか。
操作を学び直すために運転講習を何度か受けた。
広い駐車場がある場所を探すと、ちょうど良さそうな書店があった。
自転車では近くはないが車ならばそう遠くはない。
まずはここが目標だ。

比較的穏やかな経路を選び、何度も地図を確認した。
初めて1人で運転した時は足も手も歯も震えていた。
久しぶりの「挑戦」であり「本番」だ。

どうにかたどりついたその場所は、都会の華やかな書店とは異なるものの、広くて歩きやすい店だった。
小さなカフェも併設されていて地域の方が開店前から並んでいる。

一歩入れば懐かしい本屋独特の匂いがした。
ずらりと並ぶ背表紙。
様々なジャンルで区切られた棚。
平積みの新刊。
老舗ブランドの筆記用具に最新の文具。
久しぶりの実店舗は歩くだけでも心楽しい。

車の運転はまだ慣れないし好きではない。
それでも一つ、自由を得た実感がある。

初めて1人で電車に乗った時のように。
初めて1人で服を買った時のように。
もう終わったと思っていた「少しずつ自由を手に入れていく実感」を、大人になってまた味わえるとは思わなかった。

たった一つの小さな変化だけれど、今年を良い年にできた気がする。